Actor と async データ
Internet Computer のプログラミングモデルは、メモリが分離された Canister が、Candid の値をエンコードしたバイナリデータを非同期にメッセージングして通信するというものです。 Canister はそのメッセージを一度に処理し、競合状態を防ぎます。 Canister はコールバックを使用して、Canister 間で発行したメッセージの結果に対して何をする必要があるかを登録します。
Motoko は、Internet Computer の複雑さを、よく知られている高レベルの抽象化である Actor モデルで抽象化します。 各 Canister は型付けされた Actor として表現されます。Actor の型は、その Actor が扱えるメッセージのリストです。各メッセージは型付きの非同期関数として抽象化されます。 Actor 型から Candid 型への変換は、基礎となる Internet Computer の生のバイナリデータの構造を強制します。 Actor はオブジェクトに似ていますが、そのステートが完全に分離されていること、外部環境とのやりとりが完全に非同期のメッセージングによって行われること、同時進行中の Actor によって並列に発行されたメッセージであっても一度に処理されることが異なります。
Motoko では、Actor へのメッセージ送信は関数呼び出しですが、呼び出しが戻るまで発信側をブロッキングするのではなく、メッセージが受信側のキューに入り、リクエストが保留中であることを表す future が発信側にすぐに返されます。 future は、発信側がリクエストを実行したときの最終的な結果に対するプレースホルダーであり、後でクエリすることができます。 リクエストを発行してから結果を待つまでの間、発信側は同じ Actor や他の Actor にさらにリクエストを発行するなど、他の作業を自由に行うことができます。 受信側がリクエストを処理すると、future が完了し、その結果が発信側に返され利用できるようになります。 発信側が future を待っている場合は、結果が返り次第処理を再開するか、そうでない場合は結果を後で使用できるように future に保存します。
Motoko では、Actor は専用の構文と型を持っています。メッセージングは、future を返す shared 関数と呼ばれる関数で処理されます(リモートの Actor が利用できるため、shared と呼ばれます)。 ここで、future の f
が、ある型 T
に対する特別な型である async T
の値であるとします。 f
が完了するのを待つことは、await f
を使って T
型の値を得ることで表現されます。 メッセージングにおいて共有ステートを持たないようにするには、例えばオブジェクトや可変配列を送信するなどの方法があります。 shared 関数で送信できるデータは、不変の shared 型に制限されています。
はじめに、最も単純でステートフル(状態を保持する)な Service を考えてみましょう。以前のローカル counter
オブジェクトの分散バージョンである Counter
Actor です。
例:カウンタの Service
以下のような Actor の宣言を考えます。
actor Counter {
var count = 0;
public shared func inc() : async () { count += 1 };
public shared func read() : async Nat { count };
public shared func bump() : async Nat {
count += 1;
count;
};
};
Counter
Actor は、1 つのフィールドと 3 つのパブリックな shared 関数を宣言しています。
フィールド
count
は可変で、0 に初期化され、暗黙的にprivate
となります。関数
inc()
は、非同期的にカウンタをインクリメントし、同期のためにasync ()
型の future を返します。関数
read()
は、非同期にカウンタの値を読み込み、その値を含むasync Nat
型の future を返します。関数
bump()
は、非同期的にカウンタをインクリメントし、値を読み込みます。
shared 関数は、ローカル関数とは異なり、リモートの呼び出し元からアクセス可能です。さらに、引数と戻り値は shared 型でなければならないという追加の制限があります。shared 型はイミュータブルなデータ、Actor の参照、shared 関数の参照などを含む型のサブセットですが、ローカル関数への参照とミュータブルなデータは含まれません。Actor とのやりとりはすべて非同期で行われるので、Actor の関数は必ず future を返さなければなりません。つまり、ある型 T
に対して async T
という形の型を返さなければなりません。
Counter
Actor のステート(count
)を読み取ったり変更したりするには、shared 関数を使用するしかありません。
async T
型の値は future です。future の生成元は、値またはエラーの結果を返した時点で future を完了させます。
オブジェクトやモジュールとは異なり、Actor は関数のみを公開することができ、それらは shared
関数である必要があります。このため Motoko では、パブリックな Actor 関数の shared
修飾子を省略することができ、より簡潔に同じ Actor を宣言することが可能になっています。
actor Counter {
var count = 0;
public func inc() : async () { count += 1 };
public func read() : async Nat { count };
public func bump() : async Nat {
count += 1;
count;
};
};
現在、shared 関数を宣言できるのは、Actor や Actor クラスのボディの中だけです。このような制限はあるものの、shared 関数は Motoko の第一級関数であり、引数や返り値として渡したり、データ構造に格納したりすることができます。
shared 関数の型は、shared 関数型を使って指定します。たとえば、inc
の型は shared () → async Nat
であり、他の Service への独立したコールバックとして渡すことができます (例として publish-subscribe を参照してください)。
Actor 型
オブジェクトにオブジェクト型があるように、Actor には Actor 型 があります。Counter
Actor は、以下の型を持っています。
actor {
inc : shared () -> async ();
read : shared () -> async Nat;
bump : shared () -> async Nat;
}
繰り返しになりますが、shared
修飾子は Actor のすべてのメンバー関数に必要なので、Motoko では、表示時と Actor 型を書く際に記載を省略することができます。
よって、先述の型はより簡潔に表現すると次のようになります。
actor {
inc : () -> async ();
read : () -> async Nat;
bump : () -> async Nat;
}
オブジェクト型と同様に、Actor 型も派生型をサポートしています。ある Actor 型は、より一般的な型を使っていて、関数の数がより少ない Actor の派生型となります。
await
を使って非同期の future を使用する
shared 関数の呼び出し側は、一般的には、ある T についての async T
型の値である future を受け取ります。
呼び出し側であるコンシューマ(受け取り側)がこの future に対してできることは、プロデューサ(future の生成側)の処理が完了するのを待つか、future を捨ててしまうか、後で使うために保存するかです。
async
値の結果にアクセスするには、future の受け取り側で await
式を使用します。
例えば、上述の Counter.read()
の結果を利用するには、まず future を変数 a
にバインドし、次に await
で future 処理後の返り値となる Nat
の n
を取得します。
let a : async Nat = Counter.read();
let n : Nat = await a;
1 行目はすぐに カウンタ値の future を受け取りますが、処理の完了を待っていないため、自然数として使用することは(まだ)できません。
2 行目は、この future を await
し、その結果を自然数で取り出します。 この行は、future の処理が完了するまで実行をブロッキングします。
一般的には、2 つのステップを 1 つにまとめ、非同期呼び出しを直接 await
します。
let n : Nat = await Counter.read();
呼び出し先が結果を返すまでブロッキングするローカル関数の呼び出しとは異なり、shared 関数の呼び出しは future である f
をブロッキングせずにすぐに返します。 呼び出し時にブロッキングする代わりに、後で await f
を呼び出すと、f
が完了するまで現在の計算が中断されます。 呼び出し先によって future が完了すると、await f
の実行はその結果とともに再開されます。 もし結果が値であれば、await f
はその値を返します。 そうでなければ、結果は何らかのエラーであり、await f
はそのエラーを await f
の呼び出し側に伝播させます。
future を 2 回 await しても同じ結果になり、future に何らかのエラーが格納されている場合にはそのエラーが再びスローされます。 サスペンドは、future がすでに完了していても発生します。これによって、それぞれの await
の前に行われたステートの変更やメッセージ送信が確実にコミットされます。
await
を含まない関数はアトミックに実行されることが保証されています。具体的には、関数の実行中に環境が Actor のステートを変更することはできません。しかしながら、関数が await
を実行すると、アトミック性は保証されなくなります。 await
によって実行が一時停止され再開するまでの間、その Actor のステートは他の Actor からのメッセージの同時処理により変化する可能性があります。非同期の状態変化を防ぐのはプログラマの責任です。ただし、プログラマは await
がコミットされる前に行われた状態変化に関しては、他の Actor からの干渉がないことを信じることができます。
例えば上記の bump()
の実装では、count
の値を 1 つのアトミックなステップでインクリメントし、読み取ることが保証されています。 別の実装としては以下が考えられます。
public shared func bump() : async Nat {
await inc();
await read();
};
これは上記の bump()
の実装とは異なるセマンティクスとなり、Actor の別のクライアントが操作に干渉することを可能にします。それぞれの await
は実行を一時停止するので、別の Actor がこの Actor のステートを関数の実行中に変更することが可能になります。 設計上、明示的な await
は干渉の可能性があるポイントを、コードを読む人に対して明確にします。
トラップとコミットポイント
トラップとは、ゼロ除算、範囲外への配列インデックス、数値のオーバーフロー、Cycle の枯渇、アサーションの失敗などが原因で発生する、回復不能なランタイムエラーのことです。
await
式を実行せずに実行される shared 関数の呼び出しは、サスペンドせずにアトミックに実行されます。await
式を含まない shared 関数は、構文的にアトミックです。
アトミックな shared 関数は、その実行時のトラップによって Actor のステートやその環境に目に見える影響を与えません。 すなわち、トラップされた場合にはステートの変化はすべて元に戻され、送信したメッセージはすべて破棄されます。 実際には、すべての状態変化とメッセージ送信は、実行中は暫定的なものであり、エラー無しに コミットポイント に到達して初めてコミットされます。
暫定的な状態変化やメッセージ送信が取り消されずにコミットされるポイントは以下の通りです。
結果を生成することによる shared 関数の暗黙的な終了
return
やthrow
式による明示的な終了明示的な
await
式
トラップが起こると、最後のコミットポイント以降に行われた変更のみが取り消されます。特に、複数の await
を行う非アトミック関数では、トラップが起こると最後の await
以降に行われた変更のみが取り消され、その前のすべての副作用はコミットされてしまい、元に戻すことはできません。
例えば、次のような(作為的に)ステートフルな Atomicity
Actor を考えてみましょう。
actor Atomicity {
var s = 0;
var pinged = false;
public func ping() : async () {
pinged := true;
};
// an atomic method
public func atomic() : async () {
s := 1;
ignore ping();
ignore 0/0; // trap!
};
// a non-atomic method
public func nonAtomic() : async () {
s := 1;
let f = ping(); // this will not be rolled back!
s := 2;
await f;
s := 3; // this will not be rolled back!
await f;
ignore 0/0; // trap!
};
};
shared 関数である atomic()
を呼び出すと、最後のステートメントがトラップを引き起こしてエラーとなります。しかし、このトラップによって、可変型変数 s
の値は 1
ではなく 0
になり、変数 pinged
の値は true
ではなく false
になります。これは、atomic
メソッド が await
を実行する前、あるいは結果の値を得て終了する前にトラップが発生しているためです。atomic
が ping()
を呼び出しても、ping()
は次のコミットポイントまでの暫定的なもの (キューされたもの) なので、反映されることはありません。
shared 関数である nonAtomic()
を呼び出すと、最後のステートメントがトラップを引き起こしてエラーとなります。しかし、このトラップによって、変数 s
の値は 0
ではなく 3
になり、変数 pinged
の値は false
ではなく true
になります。これは、各 await
がメッセージ送信などの先行する副作用をコミットするためです。f
に対する 2 回目の await で f
が完了しても、この await はステートを強制的にコミットし、実行を一時停止して、この Actor への他のメッセージのインターリーブ処理が可能になります。
クエリ関数
Internet Computer の用語では、3 つの Counter
関数はすべて アップデート メッセージであり、関数が呼ばれると Canister のステートを変更することができます。 ステートを変更するには、Internet Computer が変更をコミットして結果を返す前に、分散したレプリカ間の合意が必要です。 コンセンサスを得るのは、比較的高いレイテンシを伴う高価なプロセスです。
コンセンサスの保証を必要としないアプリケーションの部分については、Internet Computer はより効率的であるクエリ操作をサポートしています。 これは、単一のレプリカから Canister のステートを読み取り、実行中にスナップショットを変更して結果を返すことができますが、ステートを恒久的に変更したり、さらなる Internet Computer のメッセージを送信することはできません。
Motoko は、query
関数を使用した Internet Computer のクエリの実装をサポートしています。query
キーワードは shared Actor 関数の宣言を変更し、コミットせずに高速で実行されるクエリのセマンティクスになるようにします。
例えば、信頼性の高い read
関数をルーズにした peek
関数で Counter
Actor を拡張してみましょう。
actor Counter {
var count = 0;
// ...
public shared query func peek() : async Nat {
count
};
}
peek()
関数は、Counter
フロントエンドで現在のカウンタの値を素早く(ただし信頼性低く)表示するのに使用される可能性があります。
クエリメソッドが Actor の関数を呼び出すことは、Internet Computer が課す動的な制限に違反するため、コンパイルエラーとなります。通常の関数への呼び出しは許可されています。
クエリ関数は、非クエリ関数から呼び出すことができます。 これらのネストされた呼び出しにはコンセンサスが必要なため、ネストされたクエリコールの効率化は期待できないでしょう。
query
修飾子はクエリ関数の型に反映されます。
peek : shared query () -> async Nat
これまでと同様、query
の宣言や Actor 型では、shared
キーワードを省略することができます。
メッセージングの制限
Internet Computer は、Canister がいつどのように通信可能かについて制限を設けています。これらの制限は Internet Computer 上では動的に実施されますが、Motoko では静的に防止されるため、動的実行エラーの類を排除します。2 つの例は以下の通りです。
Canister の設置時はコードを実行できますが、メッセージを送信できません。
Canister のクエリメソッドはメッセージを送信できません。
これらの制限は、Motoko ではどの式を使用できるかというコンテキストの制限として表れています。
Motoko では、(shared またはローカルの関数のボディ内や独立した式として登場する)async
式のボディ内に式が登場するとき、非同期コンテキスト になります。 唯一の例外は query
関数で、そのボディ内は非同期コンテキストとは見なされません。
Motoko では、shared 関数を呼び出すと、その関数が非同期コンテキストで呼び出されない限りエラーになります。また、Actor クラスのコンストラクタから shared 関数を呼び出してもエラーになります。
await
構文は非同期コンテキストでのみ使用できます。
async
構文は非同期コンテキストでのみ使用できます。
非同期コンテキストでは、エラーを throw
または try/catch
することしかできません。 これは、構造化されたエラー処理がメッセージングエラーに対してのみサポートされており、メッセージングそのものと同様、非同期コンテキストに限定されているためです。
これらのルールは、ローカル関数は一般的に shared 関数を直接呼び出したり、future を await
することができないことを意味します。この制限は時に厄介なものです。将来的には型システムを拡張することで、より寛容にしたいと考えています。
Actor クラスによる Actor の一般化
Actor クラス は、単一の Actor 宣言を、同じインターフェイスを満たす Actor 群の宣言に一般化します。 Actor クラスは、Actor のインターフェイスを指定する型と、引数が与えられるたびにその型の新たな Actor を構築する関数を宣言します。 Actor クラスは、Actor を製造するファクトリーの役割を果たします。 Canister の設置は Internet Computer では非同期なので、コンストラクタ関数も非同期であり、Actor を future で返します。
例えば、コンストラクタのパラメータとして、Nat
型の変数 init
を導入することで、上で与えられた Counter
を以下の Counter(init)
に一般化することができます。
Counters.mo
:
actor class Counter(init : Nat) {
var count = init;
public func inc() : async () { count += 1 };
public func read() : async Nat { count };
public func bump() : async Nat {
count += 1;
count;
};
};
このクラスが Counters.mo
というファイルに格納されている場合には、ファイルをモジュールとしてインポートし、それを使って初期値の異なる複数のアクターを作ることができます。
import Counters "Counters";
let C1 = await Counters.Counter(1);
let C2 = await Counters.Counter(2);
(await C1.read(), await C2.read())
上の最後の 2 行は、Actor クラスを 2 回 インスタンス化 しています。 最初の呼び出しでは初期値 1
を使用し、2 回目の呼び出しでは初期値 2
を使用します。 Actor クラスのインスタンス化は非同期的なので、Counter(init)
の各呼び出しは future を返し、結果として得られる Actor の値を await
することができます。 C1
と C2
はどちらも同じ Counters.Counter
型であり、互換性を持って使用することができます。
現在のところ、Motoko コンパイラは、単一の Actor または Actor クラスで構成されていないプログラムをコンパイルするとエラーになります。 しかし、コンパイルされたプログラムは、インポートされた Actor クラスを参照することができます。 詳しくは Actor クラスのインポート と Actor クラス を参照してください。